言葉:アントニヌス勅令 | TriangleSight.Net

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  • アントニヌス勅令

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  • 2018/02/08 03:57

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  • アントニヌス勅令(アントニヌスちょくれい、Constitutio Antoniniana)は、212年7月11日にローマ帝国カラカラ帝によって発布された勅令。この政令により、帝国内の全自由民にローマ市民権が与えられた(降伏者(dediticii))は除外された)。「アントニヌス」とは、カラカラの本名「マルクス・アウレリウス・セウェルス・アントニヌス」に由来する。
    現在発見されている同時代史料は次の3点である。同時代人カッシウス・ディオの史書の記述『ローマ史』78巻9章4-5節、ローマ法大全の学説彙纂第1巻5章17節のウルピアヌスの一文、エジプト出土の法令が記載されたパピルス文書ギーセン・パピルス1巻40番である。その他後世の史料ではマルクス・アウレリウス時代のこととしたり(アウレリウス・ウィクトル16巻12節)、金口イオアン著「acta apostolorum homily」48-1ではハドリアヌス時代、ローマ法大全新勅法78.c.5ではピウス帝時代としているウルピアヌスの法令文は「ローマ領内に住む人々はアントニヌス帝の勅法によってローマ市民とされた」60である。パピルス文書は、1908年エジプトのEschmunen(かつてのヘルモポリス)で発見され、1910年に出版されたギリシア語の法令文書である。現在はギーセン大学図書館が所蔵している。発見されたのは文書の一部分に過ぎず、文書には解読困難な箇所があり、現在でも文言の解釈や欠損箇所の推読を巡って論争が続いている。現在のテキストは概ね以下の解釈となっている。 "皇帝カエサル・マルクス・アウレリウス・セウェルス・アントニヌス・ピウスは告げる: 多くの嘆願を受け、このような勝利によって私が守られたことに対して解釈に議論のある箇所。現在では、ゲタに対する勝利だとの解釈が有力、私はいかに不滅の神々に感謝すればよいのかを問われている。そこで、このように告げることは故なしとしない。私は、やってきた外人たちとローマ人が既にローマ市民である人が新たにローマ市民に統合されるという推読もなりたち、解釈に議論がある箇所、我々に統合されるたびに、彼らを神々への崇拝へと連れてゆき、至高の神々に相応しい偉大で敬虔なあり方に彼らを導くことができるということを表明する。それゆえ私は、ローマ帝国の全ての外人にローマ市民権を与える。そこには全ての種類の都市に住む人々が含まれるここも既にローマ市民権保持者に新たに市民権を付与するのか、という矛盾と、次節の「降伏者」との関係が議論となっている箇所。ただし、降伏者は除く。実際に、ただいまから、人々はこの勝利に参加すべきであり、この法令はローマの人々の尊厳を増すであろう"パピルス文書の日本語訳は296に掲載されているが、推読や解釈に議論のある部分も多く、世界史史料は冒頭2行目を欠いているため、ここではウィキペディアのの訳を用いた属州民税(資産の10%を納める)の免除などの特権ももれなく付与された。古来よりローマ社会は、紀元前90年同盟市戦争の結果イタリア半島の全同盟市民に対しローマ市民権を付与するなど、漸次同化路線を推進しており、本法令は、いわばこのような同化政策の総決算ともいえた。一方、それまで市民権所有者のみに課されていた遺産相続税・解放奴隷税(奴隷を解放する際に課された税)といった特別税の納税や兵役など、市民としての義務もすべての自由民に課されることとなった。特に相続税・解放奴隷税は従来の5%から10%へ税率が引き上げられることとなり、このことから同時代に生きていた歴史家のカッシウス・ディオは、特別税の課税対象者を帝国全域に広げることで増税を図り、また属州で頻発していた深刻な税金逃れや逃散を抑えることを狙った税収増大策と解釈したカッシウス・ディオ『ローマ史』78巻9章4-5節。当該部日本語訳は296所収。

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