言葉:午後は○○おもいッきりテレビ | TriangleSight.Net

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  • 午後は○○おもいッきりテレビ』(ごごはまるまる おもいっきりテレビ)とは、日本テレビ系列で1987年10月5日から2007年9月28日まで放送されていたテレビ番組で、通称「おもいッきりテレビ」、「おもいッきり」。生放送ハイビジョン制作地上デジタル放送のみ)。この番組は放送開始20周年を機に2007年10月1日から『おもいッきりイイ!!テレビ』にリニューアルされた。
    番組初期は、後に迎える黄金期とコンセプトが異なり、ニュースを中心としていた。一部地域を除き正午から15:45まで(JST)放送されたコンプレックスワイド番組で、従来の『お昼のワイドショー』、『2時のワイドショー』(読売テレビ製作)、『酒井広のうわさのスタジオ』を統合する形でスタートした。番組タイトルは、「それまで分断されていた枠を思い切って一つにまとめ、何かあった際も迅速に対応する」という意味で名づけられた。「午後は○○(まるまる)」「○○」の部分にどのような言葉が入るのか視聴者の間で憶測が行き交ったが、言葉を伏しているわけではない。というサブタイトルもその名残りであり、「何でも丸々詰まっている」という意味が込められていた別冊ブブカ、2003年(平成15年)7月号(2003年5月16日)38頁。2017年5月16日閲覧。。この編成はラジオのワイド番組を手本にしたと言われている。初代司会者に山本コウタロー(本名の山本厚太郎名義で)、アシスタント司会者に泰葉を迎えた。12時台は事件・事故・芸能情報が中心であった。 13:55から『2時のワイドショー』(元は独立番組)が大阪の読売テレビから放送された。また、ネット局(クロスネット局やNNS非マストバイ局)の中にはテレビ朝日の正午の番組を遅れ放送するため、この時間以降ネットしなかった局もある一方で、13:20で飛び降りる局(後述)が14時から再び飛び乗る局(福井放送など)も存在していた。また、マストバイ局でも広島テレビが『ほっとひろしま』を放送するため、13:40(その後13時20分に前倒し)で飛び降り、14時から再び飛び乗っていた。このため、13:55からの5分間は日本テレビと読売テレビとのスタジオを繋いでクロストークをする様なスタイルをとっていた。 14:50からは東京に戻り、芸能情報「うわさのうわさ」が放送された。当初は12・13時台に続いて山本がメインだったが、視聴率は伸びず南美希子に司会を変え、山本はオープニングのみの挨拶だけだった。このコーナーは『酒井広のうわさのスタジオ』を引き継いだものである。一部ネット局は『3時のあなた』(フジテレビ)やテレビ朝日の正午の番組を放送するためなどの理由でこの時間は放送していなかった。 番組の最後に「おもいッきりプレゼント」という視聴者プレゼントコーナーがあり、ハガキで応募する様になっていた。このコーナー直後がエンディングで、長大なエンディングロールが流れていた。 また、ゴールデンウィーク7月に行われたプロ野球読売ジャイアンツのデーゲームの主催試合(札幌シリーズ)開催時および年末年始の特別編成時には13:20または13:55までの放送となっていた。ただし、札幌シリーズでのデーゲーム中継は2時間放送になってからも13:20飛び降りで継続されていたが、ナイター設備のある札幌ドーム完成後はナイターに切り替わったのを受けて行われなくなった。最後のデーゲーム中継に伴う短縮は2002年で、この時には札幌ドームになっていたのだが、日韓共催FIFAワールドカップサッカーの関係でデーゲームになっていたためだった。 番組開始から1年後の1988年10月3日から放送時間を12:00 - 13:55の2時間に短縮した。しかし、視聴率が苦戦し1988年3月で泰葉は降板。同年4月からアシスタント司会には高橋佳代子が起用された。それでも視聴率は低迷状態のままだった。1年後、山本が参院選出馬によりそれまでコーナー進行として出演していたみのもんた1989年4月から2代目司会者に起用されるとともに生活情報番組に切り替わった。番組内で情報やニュースを織り交ぜているが、ビデオリサーチ社ではバラエティ番組での扱いとされている。次第に視聴率が上昇し、その結果、同年8月には若年層をターゲットにした番組フジテレビ『森田一義アワー 笑っていいとも!』に次いで民放の同時間帯視聴率2位となった。そして1991年4月に平均10%を突破し、曜日によっては『いいとも!』を抜く様にもなり、年間平均視聴率でも視聴率で時間帯1位を取った事もある。番組末期には、中学生高校生修学旅行その他学習の一環で度々スタジオを見学する事があった。番組ロゴは開始当初から終了まで変わらなかった。が、OPロゴアニメーションに関しては、番組開始から2004年(定かではない)までは「午後は○○」と出てから「おもいッきり」→「テレビ」と出ていたが2005年頃から番組終了までは時間短縮等により「おもいッきり」が少し先に出てから多少動きがあった後「午後は○○」とでて最後に「テレビ」と出るようになった。(カラーリング: 但し、放送上の番組ロゴと番組ムック本のロゴでは多少色の濃淡が違う)2005年4月以降、みのもんたの健康不安説が一部で囁かれ司会者交代や番組自体の打ち切りが噂されていた。また、MBSたかじんONE MAN』にゲスト出演したデーブ・スペクターが『NEWS ZERO』について語った際、「日本テレビは今ターゲット層を若者向けにしようとしているから『おもいッきり』はお荷物番組になりつつある」と述べた。2005年10月10日放送分から12時台の構成を若干変え、オープニングに「みのカメラが行く」という中継コーナーを設けた。スポンサーは「情報特急便」のみローカル(1998年10月から。かつてはネットスポンサーがあり、日本直販の1社のみ〈その後P&Gが加わる〉だった。)で、他は全国共通だった。2007年1月22日放送分からテロップなどのCGが新しくなり、番組開始から使われていた手書き風書体のテロップを完全に廃止した(但し、みのが出すフリップに書いている言葉などは番組終了まで手書きのものを引き続き使用していた。また番宣ゲストの場合CGが新しくなった後も白字に普通のテロップだった事があった)。と共に冒頭に「○月×日(△曜日)」という日付も表示された。また、ゲストコメンテーター陣も冒頭でみの・高橋と共に立って挨拶・オープニングコーナー・トークを行い、特集に入る前の提供に切り替わってから座るというパターンになっていた。日テレの2006年秋~2008年春の番組改革に従い、2007年秋改編、即ち9月28日で後枠の『ザ・ワイド』とともに終了。その次番組として10月1日から『おもいッきりイイ!!テレビ』(8月16日放送にて発表。仮題は「みのもんたの昼も頑張れ!!お祭りワイド」だった。)が放送開始され、ワイドショー番組に衣替えすると同時に放送時間を5分(11:55 - )早めた(2009年3月に終了番組終了と同時にみのはこの枠から降板した。)。司会者のみのは引き続き担当したが、アシスタント司会の高橋は降板した。9月28日の最終回は、12時台に20年間の総決算として、健康をテーマにしたクイズ(おもいッきりテレビ検定)を、13時台に過去の総集編VTRを放送した(視聴率は7.8%)。また番組途中にサプライズとしてみのとも交友がある和田アキ子からの生電話もあった。そして、最後にみのが高橋に花束を渡して終了した。また、初代司会者の山本や初代アシスタント司会者の泰葉は過去VTRには登場したものの、スタジオゲストやVTRコメントなどの出演はなかった(ちなみに、「情報特急便」の歴代キャスターだった久能靖真山勇一もスタジオゲストやVTRコメントなどの出演は一切なし)。最後はみの・高橋および出演者・スタッフ全員が出演し、視聴者に別れを告げながら番組は終了。

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