言葉:稲積水中鍾乳洞 | TriangleSight.Net

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  • 稲積水中鍾乳洞

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  • 2016/03/16 23:48

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  • 稲積水中鍾乳洞(いなづみすいちゅうしょうにゅうどう)は、大分県豊後大野市三重町中津留にある日本最大の水中鍾乳洞である。
    この鍾乳洞は、鍾乳石が形成された後に全体がいったん水没し、侵食により上半分が排水されて再び空気中に露出するようになった洞窟である。自然状態では、稲積山の山麓に奥行きのない小さな吐出洞として開口し、下半分が地下水面下にあったが、観光開発のために排水路を掘削して地下水位を約2m下げ、元の地下水面直下のレベルに設置した通路に沿って観覧できるようにされている。観光開発後も、水面下には平均深度10〜20mの空洞(鍾乳洞)が広がっている。このため、現在観察できる鍾乳石は、一部が水中にあり、一部が空気中に露出している。すなわち、水面下では決して形成されることのない鍾乳石類が水面下に位置する光景を観察できるとともに、開発前には水中にあった鍾乳石を観光路沿いで間近に見ることができ、開発前まではそれらが水中で激しく溶かされつつあった様子が観察できる。開発後にも行われた洞窟潜水探検によれば水中洞窟は全長延べ1,000m以上ある。元々の鍾乳洞は第四紀の中頃(およそ20万年前くらいか、正確には不明)の氷河期に形成されたと推測される。洞内に湧く地下水は、名水百選に選定された中津無礼川(白山川)の水が、鍾乳洞の上流約4km(直線距離)の白谷の河床から浸透して、洞内に湧くものであることが分かっている。トレーサー調査では流出までに5日を要している。約8万5千年前の阿蘇カルデラの大噴火によって、洞窟前を流れる中津無礼川の峡谷が70m以上の厚さの火砕流堆積物で埋積されたために、山麓に形成されていた本洞窟の全体が水没し、水中洞窟となった。その後、現在にかけて火砕流堆積物の上部3/4が中津無礼川によって侵食されたために、水中洞窟の上半分は排水されて再び空気中に露出し、下半分はなお水中洞窟の状態を留めていたのが、観光開発前の姿である大分地質学会誌特別号, no.5, 1999。周囲は観光施設として開発されており、鍾乳洞以外に、大分県一の高さの「稲積昇龍大観音」、開世美術館、昭和のタイムトリップ「ロマン座」、オモチャ館、天空洞、仏の里庭園(鯉やアイガモの池、弘法の滝、巨龍霊泉、白蛇堂、鐘突き堂など)、キャンプ場、研修棟、食堂、売店、日本名水百選天然水の水汲み場、駐車場(300台収容)が設けられている。

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