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  • 2017/02/06 22:22

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    1月7日 - 【MLBルイス・アパリシオドン・ドライスデールハーモン・キルブリューアメリカ野球殿堂入りが、全米野球記者協会の投票によって決定。

    3月8日 - 【MLB】ピー・ウィー・リースリック・フェレルのアメリカ野球殿堂入りが、ベテラン委員会で決定する。 3月31日 - プロ野球はパ・リーグが開幕毎日新聞1984年4月1日21面「『西高東低』開幕デー」毎日新聞縮刷版1984年4月p21。
    4月4日 - 選抜高等学校野球大会の決勝戦が阪神甲子園球場において行われ、東京都岩倉高KKコンビ桑田真澄清原和博)を擁する大阪府PL学園を破り初優勝毎日新聞1984年4月5日1面「センバツ 初陣・岩倉に栄冠 強豪PLを1-0で破る」毎日新聞縮刷版1984年4月p123。 4月6日 - プロ野球のセ・リーグが開幕。 4月13日 - 【MLB】エクスポズピート・ローズが、タイ・カッブに次ぐメジャーリーグ史上2人目の通算4000本安打を達成。 4月16日 - 大洋はジム・トレーシーの退団を発表。起用法を巡って監督の関根潤三と対立し球団に対して退団を申し入れていた毎日新聞1984年4月15日19面「トレーシーが突然退団」毎日新聞縮刷版1984年4月p475。 4月22日 - 広島が広島球場での対ヤクルト6回戦に8-3と勝利し、球団新記録となる11連勝毎日新聞1984年4月23日19面「広島連勝球団新『11』 山本浩4試合連発 達川は満塁」毎日新聞縮刷版1984年4月p735。 4月25日 - ロッテの有藤通世が川崎球場での対近鉄3回戦の6回裏に二塁打を放ち、プロ通算300二塁打を達成毎日新聞1984年4月26日19面「300二塁打」毎日新聞縮刷版1984年4月p833。 4月27日 - ヤクルトスワローズは監督の武上四郎が成績不振と健康上の理由から休養し、ヘッドコーチの中西太が監督代理を務めると発表毎日新聞1984年4月28日17面「武上監督が『休養』 成績不振ヤクルト 代理監督に中西氏」毎日新聞縮刷版1984年4月p919。
    5月5日 近鉄バファローズ鈴木啓示が藤井寺球場での対日本ハム7回戦に先発して4勝目を挙げ、プロ通算300勝を達成毎日新聞1984年5月6日18面「鈴木啓300勝 6人目の偉業 気迫19年『幸せや』36歳男泣き」毎日新聞縮刷版1984年5月p158。 広島東洋カープ山本浩二が後楽園球場での対巨人4回戦4回表に安打を放ち、プロ野球史上19人目の通算2000本安打を達成毎日新聞1984年5月6日19面「37歳 山本浩2000本安打 プロ16年19人目」毎日新聞縮刷版1984年5月p159。 5月7日 - 近鉄はダン・マネーの退団を発表。マネーは家族がホームシックにかかりアメリカに帰国することを希望し退団を申し入れ、慰留に務めた球団も断念したため毎日新聞1984年5月8日19面「“ホームシック”に泣く近鉄 マネーついに退団」毎日新聞縮刷版1984年5月p193。 5月10日 - 横浜大洋ホエールズ平松政次 が横浜スタジアムでの対広島戦の3回表に山根和夫から三振を奪い、プロ通算2000奪三振を達成毎日新聞1984年5月11日19面「平松2000奪三振」毎日新聞縮刷版1984年5月p305。 5月18日 - 日本ハムの柏原純一が後楽園球場での対南海7回戦で9号本塁打を放ち、プロ通算200本塁打を達成毎日新聞1984年5月19日15面「200本塁打」毎日新聞縮刷版1984年5月p561。 5月22日 - ヤクルトは代理監督の中西太が神経性の不整脈発作によるめまいで欠場し、一軍投手コーチの土橋正幸が代理監督を代行務める毎日新聞1984年5月23日19面「ヤクルトまた指揮者交代 中西代理監督が病欠」毎日新聞縮刷版1984年5月p683。 5月24日 - ヤクルトは土橋正幸が代理監督に就任したと発表毎日新聞1984年5月25日19面「土橋氏が代理監督に 中西氏はユニフォーム脱ぐ」毎日新聞縮刷版1984年5月p767。
    6月9日 - 近鉄の加藤英司が藤井寺球場での対南海10回戦の9回裏に、2-3とリードされた場面で金城基泰から5号逆転サヨナラ満塁本塁打を放ち、プロ通算300号本塁打を達成毎日新聞1984年6月10日18面「逆転満塁サヨナラ 加藤英通算300号」毎日新聞縮刷版1984年6月p316。 6月11日 - 近鉄の柳原隆弘が対南11海戦の9回裏に二死満塁の場面で代打で起用され、1号逆転サヨナラ満塁本塁打を放ち、近鉄は9日の南海戦(10日の同カードは雨天中止)に続いての2試合連続サヨナラ満塁本塁打で勝利毎日新聞1984年6月11日19面「2試合連続 近鉄の奇跡 柳原 代打 満塁 逆転 サヨナラ アーチ」毎日新聞縮刷版1984年6月p351。 6月15日] - ヤクルトは代理監督の土橋正幸を監督に昇格させたと発表毎日新聞1984年6月16日15面「土橋代行が監督に」毎日新聞縮刷版1984年6月p497。 6月21日 中日の大島康徳がナゴヤ球場での対ヤクルト13回戦の5回裏に17号本塁打を放ち、プロ通算250号本塁打を達成毎日新聞1984年6月22日19面「250本塁打」毎日新聞縮刷版1984年6月p693。 阪急の水谷実雄が平和台球場での対西武16回戦の3回裏に安打を放ち、プロ通算1500本安打を達成毎日新聞1984年6月22日19面「1500本安打」毎日新聞縮刷版1984年6月p693。 6月28日 - 日本ハムファイターズは監督の植村義信が辞任したと発表毎日新聞1984年6月29日19面「植村監督辞任 ハム奮起 近鉄から今季初白星」毎日新聞縮刷版1984年6月p941。 6月29日 - 中日は横浜スタジアムでの対大洋12回戦で1回表から9回表まで毎回得点を記録、プロ野球史上4度目。試合は22-9で中日の勝利毎日新聞1984年6月30日17面「毎回得点」毎日新聞縮刷版1984年6月p981。
    7月16日 - 南海の門田博光が大阪球場での対日本ハム17回戦の6回裏に安打を放ち、プロ通算3000塁打を達成毎日新聞1984年7月17日23面「3000塁打」毎日新聞縮刷版1984年7月p551。 7月19日 - プロ野球の前半戦が終了。セ・リーグは中日、パ・リーグが阪急が首位で折り返す毎日新聞1984年7月20日19面「阪急・中日 首位ターン」毎日新聞縮刷版1984年7月p657。 7月24日 - オールスターゲーム第3戦において読売ジャイアンツ江川卓が連続8奪三振。9人目の打者、近鉄の大石大二郎にセカンドゴロを打たれ、江夏豊以来の快挙を逃す。 7月27日 - 西武の大田卓司が西宮球場での対阪急20回戦の9回表に代打として出場して1号本塁打を放ち、プロ通算150本塁打を達成毎日新聞1984年7月28日19面「通算150本塁打」毎日新聞縮刷版1984年7月p931。
    8月1日 - 広島の山本浩二が広島市民球場での対大洋16回戦に先発出場し、プロ通算2000試合出場を達成読売新聞1984年8月2日17面「広島・山本浩二外野手(三七)が2000試合出場」読売新聞縮刷版1984年8月p65。 8月7日 - 阪急の福本豊が大阪球場での対南海18回戦の9回表に二盗を成功させ、プロ通算1000盗塁を達成毎日新聞1984年8月8日15面「福本走った1000盗塁」毎日新聞縮刷版1984年8月p227。 8月9日 - 神宮球場でのヤクルト対阪神19回戦で阪神が9回表に一死から11連続得点のプロ野球タイ記録。打たれたヤクルトの中本茂樹は1イニング11失点読売新聞1984年8月10日17面「阪神快記録 中本珍記録 プロタイ11得『失』点」読売新聞縮刷版1984年8月p361。 8月12日 - ロッテの村田兆治が札幌丸山球場での対西武16回戦の九回表から登板し1回を無失点に抑え、1982年5月17日対近鉄戦以来の公式戦出場を果たす読売新聞1984年8月10日19面「”マサカリ村田”帰ってきた ロッテ 20安打10連勝」読売新聞縮刷版1984年8月p475。 8月16日 - 阪急の村上信一が平和台球場での対ロッテ21回戦の八回裏に代打で登場し2号本塁打を放つ。村上は9日の対南海戦で公式戦初本塁打を代打で記録、プロ2打席でいずれも代打本塁打はプロ野球史上初読売新聞1984年8月10日17面「阪急・村上信一内野手がプロ2打席2本塁打」読売新聞縮刷版1984年8月p625。 8月20日 - 中日の田尾安志が神宮球場での対ヤクルト22回戦三回表に16号2点本塁打を放ち、プロ通算100号本塁打を達成読売新聞1984年8月21日17面「ヤクルト5位に」読売新聞縮刷版1984年8月p777。 8月21日 - 全国高等学校野球選手権大会の決勝戦が甲子園において行われ、茨城県代表の取手二高が前年度優勝のPL学園を破り大会初優勝。大会連覇を阻止されたPL学園は春に続いて準優勝。 8月26日 - 南海の門田博光が平和台球場での対日本ハム24回戦の2回表に25号本塁打を放ち、プロ通算350本塁打を達成毎日新聞1984年8月27日19面「350号本塁打」毎日新聞縮刷版1984年8月p833。
    9月1日 - 近鉄の鈴木啓示が大阪球場での対南海22回戦の2回裏に門田博光から三振を奪い、プロ通算3000奪三振を記録、史上4人目毎日新聞1984年9月2日17面「鈴木啓3千奪三振 史上4人目」毎日新聞縮刷版1984年9月p55。 9月9日 - 巨人の江川卓が後楽園球場での対ヤクルト25回戦に先発し二回表に玄岡正充から三振を奪い、プロ通算1000奪三振を達成毎日新聞1984年9月10日19面「1000奪三振」毎日新聞縮刷版1984年9月p313。 9月15日 - 西武の東尾修が西武球場での対南海25回戦で勝利投手となって13勝目を挙げ、プロ通算200勝を達成毎日新聞1984年9月16日19面「”苦投”16年 東尾200勝 2安打完封で悲願飾る」毎日新聞縮刷版1984年9月p527。 9月17日 - 【MLB】エンゼルスレジー・ジャクソンが通算500本塁打を達成。メジャー史上13人目。 9月23日 - 阪急対近鉄の第26回戦で阪急が8-4と近鉄を下し、1978年以来6年ぶり通算10度目のリーグ優勝が決定毎日新聞1984年9月24日1面「阪急が優勝 パ・リーグ」毎日新聞縮刷版1984年9月p777。 9月30日 - パ・リーグは全日程が終了読売新聞1984年10月1日17面「パ・リーグ全日程終了 ブーマー、外人初の三冠王」読売新聞縮刷版1984年10月p17。
    10月2日 - 西武の田淵幸一が池袋サンシャインビル内の西武球団事務所にて記者会見し、現役引退を発表朝日新聞1984年10月2日19面「パワーと華麗さ ファン魅了し16年 田淵、正式に引退」朝日新聞縮刷版1984年10月p57。 10月4日 - 大洋対広島23回戦が横浜スタジアムで行われ、広島が3-2で大洋を下し、4年ぶりのセ・リーグ優勝読売新聞1984年10月5日1面「広島、4年ぶり優勝 セ・リーグ」読売新聞縮刷版1984年10月p183。 10月5日 甲子園球場で阪神対中日26回戦が行われ、掛布雅之宇野勝が5打席連続敬遠読売新聞1984年10月6日17面「あきれました10連続四球 掛布『今さら仕方ない』宇野『投手に悪かった』」読売新聞縮刷版1984年10月p243。掛布と宇野は本塁打王争いをしており、中日・阪神の両ベンチが敬遠策で勝負を避けていた。両者は3日のナゴヤ球場での中日対阪神26回戦でも5打席連続敬遠を記録しており読売新聞1984年10月4日17面「二死満塁でも敬遠、キング争い 宇野、掛布 5四球づつ痛み分け」読売新聞縮刷版1984年10月p159、掛布と宇野は10打席連続四球のプロ野球新記録読売新聞1984年10月6日17面「阪神・掛布、中日・宇野ともに10打席連続四球のプロ野球新記録」読売新聞縮刷版1984年10月p243。 大洋のレオン・リーが横浜スタジアムでの対広島24回戦の7回裏に安打を放ち、通算1000本安打を達成読売新聞1984年10月5日17面「レオン(大洋)が1000本安打」読売新聞縮刷版1984年10月p243。 10月6日 - セ・リーグ会長の鈴木龍二は、本塁打王争いをしていた掛布雅之と宇野勝が中日・阪神から10打席連続敬遠を受けたことに対し「野球協約の根本理念に反する」との声明を発表読売新聞1984年10月7日17面「10連続敬遠は協約理念違反 セ会長声明」読売新聞縮刷版1984年10月p287。 10月8日 - ヤクルトの水谷新太郎が神宮球場での対大洋25回戦に先発出場し、プロ通算1000試合出場を達成読売新聞1984年10月9日17面「ヤクルト・水谷が1000試合出場」読売新聞縮刷版1984年10月p367。 10月14日 - 【MLB】ワールドシリーズはタイガースがパドレスを下し、優勝。監督のスパーキー・アンダーソンは史上初の「(監督として)両リーグでのワールドシリーズ制覇」を達成。 10月15日 大洋は東京・大手町の大洋漁業本社にて記者会見し、新監督に野球評論家の近藤貞雄が就任したと発表読売新聞1984年10月16日17面「近藤・大洋がスタート」読売新聞縮刷版1984年10月p646。 阪神のオーナーの田中隆造と球団社長の小津正次郎は、監督の安藤統夫から提出されていた辞表を正式に受理。沢村賞選考委員会による沢村賞の選考が大阪の新阪急ホテルにて開かれ、「該当者なし」との結果に読売新聞1984年10月16日17面「『沢村賞』は該当なし」読売新聞縮刷版1984年10月p646。 10月22日 - 日本シリーズの第7戦が広島球場で行われ、広島が阪急を7-2で下し、対戦成績を4勝3敗として阪急を破り4年ぶり3度目の日本一読売新聞1984年10月23日1面「広島が4年ぶり優勝 日本シリーズ」読売新聞縮刷版1984年10月p927。 10月23日 - 阪神はホテル阪神に午後3時より記者会見を行い吉田義男の監督就任を発表。また、取締役会が開かれ、オーナーが田中隆造から久万俊二郎に、球団社長が小津正次郎から中埜肇がそれぞれ選出され、続いて行われた株主総会で承認される読売新聞1984年10月24日17面「阪神新監督に吉田氏」読売新聞縮刷版1984年10月p991。
    11月12日 - 西武の江夏豊が西武球団事務所で記者会見し、引退を表明。この日球団事務所を訪れ「自由契約にしてほしい」と申し出、球団も了承朝日新聞1984年11月13日19面「さびしく退場、異端の大投手 江夏 栄光とトラブル18年 自由契約決定 事実上の引退」朝日新聞縮刷版1984年11月p479。

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