言葉:1988年の野球 | TriangleSight.Net

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  • < 1988年 | 1988年のスポーツ1988年の野球(1988ねんのやきゅう)では、1988年野球における動向をまとめる。

    3月23日 - 南海ホークス西川佳明ヤクルトスワローズとのオープン戦(神宮)でノーヒットノーランを達成。オープン戦での達成は1954年の大阪タイガース小山正明以来2人目。
    4月5日 - 第60回選抜高等学校野球大会の決勝戦が阪神甲子園球場で行われ、宇和島東東邦を6-0で下し、選抜大会初優勝毎日新聞1988年4月6日1面「宇和島東 14校目 初陣V センバツ 6-0で東邦下す」毎日新聞縮刷版1988年4月p189。 4月6日 - 横浜大洋ホエールズ山下大輔が東京・大手町の大洋漁業本社にて記者会見し、現役引退を表明毎日新聞1988年4月7日23面「華麗なグラブさばき14年 山下が引退 古葉構想からはずれ」毎日新聞縮刷版1988年4月p247。 4月8日 日本プロ野球公式戦が開幕毎日新聞1988年4月9日23面「熱球の季節 プレイボール 5試合に17万6千人」毎日新聞縮刷版1988年4月p343。 阪急ブレーブスの福本豊が西宮球場での対近鉄バファローズ1回戦の5回裏に三塁打を放ち、プロ通算2500本安打を達成毎日新聞1988年4月9日22面「福本、20年目の2500本安打 史上5人目」毎日新聞縮刷版1988年4月p342。 4月10日 - 近鉄の新井宏昌が対阪急戦でプロ通算1500安打を達成。 4月13日 - 近鉄の新井宏昌が藤井寺球場での対西武1回戦に出場し、プロ通算1500試合出場を達成毎日新聞1988年4月14日23面「1500試合出場」毎日新聞縮刷版1988年4月p525。 4月18日 - 中日ドラゴンズはロサンゼルス・ドジャースのラルフ・ブライアントと契約を結んだと発表毎日新聞1988年4月19日19面「中日に新外国人『当面はファーム』」毎日新聞縮刷版1988年4月p711。 4月23日 - 南海の球団オーナーの川勝傳が死去。 4月30日 - 阪急の佐藤義則が西宮球場での対ロッテ4回戦で勝利投手となり、プロ通算100勝を達成読売新聞1988年5月1日16面「阪急サヨナラ 佐藤が100勝目」読売新聞縮刷版1988年5月p16。
    5月17日 - 西武と阪神は金森永時北村照文のトレードが成立したと発表読売新聞1988年5月15日19面「西武・金森ー阪神・北村がトレード」読売新聞縮刷版1988年5月p565。 5月19日 - ヤクルトの尾花高夫がナゴヤ球場での対中日7回戦の1回裏に彦野利勝から三振を奪い、プロ通算1000奪三振を達成読売新聞1988年5月20日19面「尾花『次は100勝だ』」読売新聞縮刷版1988年5月p811。 5月24日 - 阪神の掛布雅之が対神宮球場でのヤクルト5回戦の2回表に2点適時打を放ち、プロ通算1000打点を達成読売新聞1988年5月25日18面「阪神・掛布が1000打点をマーク」読売新聞縮刷版1988年5月p1056。
    6月7日近鉄のリチャード・デービス大麻取締法違反により逮捕される読売新聞1988年6月20日夕刊15面「自宅に大麻隠し持つ デービス(近鉄)逮捕」読売新聞縮刷版1988年5月p337。大洋の斉藤明夫がナゴヤ球場での対中日8回戦に登板し、プロ通算500試合登板を達成毎日新聞1988年6月8日19面「斎藤500試合登板」毎日新聞縮刷版1988年6月p295。西武の石毛宏典が西武球場での対南海7回戦の3回裏に安打を放ち、プロ通算1000安打を達成毎日新聞1988年6月8日19面「石毛、通算1000安打」毎日新聞縮刷版1988年6月p295。 6月12日 南海の門田博光が新潟球場で対近鉄9回戦の2回裏に16号本塁打を放ち、プロ通算450本塁打を達成読売新聞1988年6月20日夕刊18面「門田450号 南海大量16点 西川完投3勝」読売新聞縮刷版1988年6月p576。 阪神の佐野仙好が甲子園球場での対巨人9回戦の9回裏に代打として出場しプロ通算1500試合出場を達成読売新聞1988年6月13日17面「阪神・佐野仙好選手(36)が1500試合出場」読売新聞縮刷版1988年5月p811。 6月14日 - 巨人の呂明賜が対ヤクルト戦(神宮)においてボブ・ギブソンから初打席初本塁打。 6月15日 - 近鉄の淡口憲治が対阪急10回戦に出場し、プロ通算1500試合出場を達成読売新聞1988年6月16日19面「近鉄・淡口憲治外野手(36)が1500試合出場」読売新聞縮刷版1988年6月p703。 6月18日 阪急の藤田浩雅が対南海13回戦9回裏、無死満塁で代打で起用されて5号逆転サヨナラ満塁本塁打を放ち、プロ野球史上5人目の代打逆転サヨナラ満塁本塁打となる読売新聞1988年6月19日18面「藤田は史上5人目の1発 代打逆転満塁サヨナラ」読売新聞縮刷版1988年6月p846。 阪神の掛布雅之が甲子園球場での対大洋13回戦の7回裏に適時打を放ち、プロ通算3000塁打を達成読売新聞1988年6月19日19面「阪神・掛布雅之内野手(33)が3000塁打」読売新聞縮刷版1988年6月p847。 6月22日 - 中日は広島球場での対広島13回戦で落合博満が8回表に15本塁打を放ち、球団創設以来5000本塁打を記録読売新聞1988年6月23日19面「中日が球団創設以来5000本塁打」読売新聞縮刷版1988年6月p1053。 6月23日 - 【MLB】ニューヨーク・ヤンキースは監督のビリー・マーチンを解任、後任の新監督はルー・ピネラ毎日新聞1988年6月25日23面「けんかマーチン 5度目の解任 ヤンキース オーナーににらまれ」毎日新聞縮刷版1988年6月p939。 6月27日 阪神はランディ・バースに対し解雇を通告毎日新聞1988年6月28日23面「連続3冠王 最高打率 記録男バース去る」毎日新聞縮刷版1988年6月p1051。 コミッショナーの竹内寿平は同日行われたプロ野球実行委員会にて、健康に自信が持てず重責に耐えられないとして辞任を申し出、了承される毎日新聞1988年6月28日23面「竹内コミッショナー辞任 健康理由に 元検事総長 『倫理』求め2年余」毎日新聞縮刷版1988年6月p1051。 6月28日 日本ハムの大島康徳が東京ドームでの対近鉄11回戦に出場し、プロ通算2000試合出場を達成毎日新聞1988年6月29日21面「大島が2000試合出場」毎日新聞縮刷版1988年6月p1093。 広島は定岡徹久を日本ハムへ金銭トレードすると発表読売新聞1988年6月29日19面「広島・定岡、日ハムへ」読売新聞縮刷版1988年6月p1345。 6月29日 - 近鉄は中日から金銭トレードで獲得したラルフ・ブライアントの入団を発表読売新聞1988年6月30日19面「近鉄・ブライアントは『16』」読売新聞縮刷版1988年6月p1395。 6月30日 - 巨人の簑田浩二が甲子園球場での対阪神12回戦の2回表に5号満塁本塁打を放ち、プロ通算200本塁打を達成読売新聞1988年7月1日18面「簑田 200号飾る”満塁弾”」読売新聞縮刷版1988年7月p18。
    7月1日 - 大洋が対中日戦(平塚)で日本プロ野球タイ記録の1試合6犠打。 7月3日 - 大洋の斉藤明夫横浜スタジアムでの対中日12回戦で2勝目を挙げ、プロ通算100勝、江夏豊、山本和行に続く3人目の100勝・100セーブ達成読売新聞1988年7月4日19面「大洋・斎藤が史上三人目の100勝・100セーブ」読売新聞縮刷版1988年7月p159。 7月6日 - 巨人の吉村禎章が札幌円山球場での対中日16回戦の8回表には中尾孝義の右中間への飛球に中堅手の栄村忠広と交錯し靱帯断裂の大けが読売新聞1988年7月8日19面「吉村、今季出場絶望」読売新聞縮刷版1988年7月p375。 7月13日 巨人の原辰徳が神宮球場での対ヤクルト15回戦の4回表に安打を放ち、プロ通算1000安打を達成読売新聞1988年7月14日19面「原、通算1000安打 呂、不発4-0」読売新聞縮刷版1988年7月p675。 近鉄の新井宏昌が大阪球場での対南海14回戦の3回表に無死2塁から送りバントを成功させ、プロ野球6人目の通算200犠打を達成読売新聞1988年7月41日19面「近鉄・新井100犠打」読売新聞縮刷版1988年7月p675。 7月15日 - 西武の東尾修が東京ドームでの対日本ハム14回戦に8回裏に3番手として登板し、プロ通算4000投球回を達成読売新聞1988年7月16日19面「西武・東尾修投手(38)が4000イニング」読売新聞縮刷版1988年7月p771。 7月17日 - 西武の石毛宏典が東京ドームで対日本ハム15回戦の8回表に7号本塁打を放ち、プロ通算150本塁打を達成読売新聞1988年7月4日19面「西武・石毛宏典内野手(31)が通算150号本塁打」読売新聞縮刷版1988年7月p844。 7月18日 - 大洋の新浦壽夫が対横浜スタジアムでの巨人16回戦で勝利投手となり、プロ通算100勝を達成読売新聞1988年7月19日19面「SBO 通算100勝 トップ9勝目 自在の新浦」読売新聞縮刷版1988年7月p903。 7月26日 - オールスターゲーム第3戦(東京ドーム)において、延長12回、セ・リーグは野手を使い果たし、打席に中山裕章の場面で投手の水野雄仁を代打に送り、牛島和彦から投手ではオールスター史上初のサヨナラ打(センターへの犠牲フライ)を放ち(スコアは4対3)、水野は優秀選手賞を獲得。 7月31日 - 西武の秋山幸二が西宮球場での対阪急19回戦で22号本塁打を放ち、プロ通算150本塁打を達成読売新聞1988年8月1日19面「西武・秋山が通算150本塁打の日本人最短記録達成」読売新聞縮刷版1988年8月p19。
    8月4日 - 中日対大洋17回戦がナゴヤ球場で行われ、延長12回5-5の引き分けとなり、プロ野球最長試合時間の新記録となる5時間21分となる読売新聞1988年8月5日18面「お疲れ『5時間21分』中日、大洋12回譲らず」読売新聞縮刷版1988年8月p202。 8月12日 - 広島の紀藤真琴が対大洋戦の4回2死から6回終了までの7者連続奪三振の球団新記録。 8月22日 - 第70回全国高等学校野球選手権大会の決勝戦が阪神甲子園球場で行われ、広島県代表の広島商業が福岡県代表の福岡第一を1-0で破り、15年ぶり6回目の優勝。 8月31日 西武の平野謙が西武球場での対阪急21回戦の1回裏に送りバントを成功させ、プロ通算200犠打を達成読売新聞1988年9月1日19面「平野が200犠打をマーク」読売新聞縮刷版1988年9月p19。 イースタン・リーグ巨人西武に引き分け、巨人の3年連続10度目のリーグ優勝が決定読売新聞1988年9月1日18面「イースタンは巨人が3連覇」読売新聞縮刷版1988年9月p18。
    9月1日 - 松山商業の新監督に澤田勝彦コーチが就任。 9月4日 - 西武の東尾修が西武球場での対南海18回戦で勝利投手となり、プロ通算250勝を達成読売新聞1988年9月5日18面「東尾 250勝 -史上10人目- 清原"祝砲"24号」読売新聞縮刷版1988年9月p206。 9月4日 - 近鉄の村田辰美が対阪急戦でNPB史上125人目の通算1500投球回を達成。 9月6日 - 大洋の木田勇が広島球場での対広島戦20回戦の5回裏一死から山崎隆造高橋慶彦小早川毅彦長内孝長嶋清幸に5者連続与四球のプロ野球新記録読売新聞1988年9月7日19面「大洋・木田5連続四球」読売新聞縮刷版1988年9月p319。 9月11日 - 南海のトニー・バナザードが東京ドームでの対日本ハム23回戦の1回表第1打席で安打を放ち、1968年にアルト・ロペスが記録した外国人選手の連続試合安打に並ぶ26試合連続試合安打を達成読売新聞1988年9月12日夕刊17面「南海・トニー・バナザード外野手(32)が外人タイの26試合連続安打」読売新聞縮刷版1988年9月p579。 9月12日 - ジュニア日本選手権が西京極球場で行われ、巨人が中日に5-2で勝利し、2年連続で優勝読売新聞1988年9月13日19面「巨人がV2達成 J日本選手権」読売新聞縮刷版1988年9月p601。 9月14日 阪神の掛布雅之が大阪市内のホテルで記者会見し、現役引退を発表毎日新聞1988年9月15日「本塁打王3回 打点王1回 33歳・掛布が引退表明 左ひざの故障、回復遅れ」毎日新聞縮刷版1988年9月p561。 ヤクルトの若松勉が神宮球場での対阪神20回戦の6回裏に代打として出場し、プロ通算2000試合出場を達成読売新聞1988年9月15日19面「ヤクルト・若松勉外野手が2000試合出場」読売新聞縮刷版1988年9月p717。 9月16日 - 広島の大野豊が甲子園球場での対阪神22回戦で3回裏岡田彰布から三振を奪い、プロ通算1000奪三振を達成読売新聞1988年9月17日19面「広島・大野豊投手(33)が1000奪三振」読売新聞縮刷版1988年9月p813。 9月17日 阪急の福本豊が大阪球場での対南海23回戦の3回表に二塁打を放ち、山内一弘が持つプロ野球通算最多二塁打の記録を更新する通算449二塁打読売新聞1988年9月18日19面「福本、二塁打の日本新」読売新聞縮刷版1988年9月p865。 阪神の山本和行が甲子園球場での対広島23回戦に先発し、プロ通算700試合登板を達成読売新聞1988年9月18日19面「山本が700試合登板」読売新聞縮刷版1988年9月p865。 9月21日 - 吉村茂夫南海ホークスオーナー、大阪市内のホテルで中内功ダイエー社長と会談、同社への球団売却に正式合意、売却額20億3千万円。併せて福岡県平和台野球場への保護地域および本拠地移転も発表。 9月23日 - 日本ハムの大島康徳が東京ドームでの対ロッテ24回戦の4回裏に13号本塁打を放ち、プロ通算1000打点を達成読売新聞1988年9月24日19面「大島13号で1000打点」読売新聞縮刷版1988年9月p1173。 9月29日 - 巨人は東京・紀尾井町のホテル・ニューオータニにて記者会見を行い、監督の王貞治の辞任と、後任監督に野球評論家の藤田元司が就任したと発表読売新聞1988年9月30日1面「王監督の退任発表 巨人」読売新聞縮刷版1988年9月p1475。
    10月1日 - パシフィック・リーグ、オーナー会議で、南海ホークスのダイエーへの譲渡を正式承認。 10月2日 大洋の野村弘樹が横浜スタジアムでの対広島24回戦に先発し、1946年のセネターズの白木義一郎以来プロ野球2人目の初登板・無四球完封勝利を記録読売新聞1988年10月3日18面「初登板で無四球完封 大洋・野村が史上2人目」読売新聞縮刷版1988年10月p110。 中日の落合博満がナゴヤ球場での対阪神23回戦の3回裏に30号本塁打を放ち、プロ通算300本塁打を達成読売新聞1988年10月3日18面「中日・落合が300本塁打」読売新聞縮刷版1988年10月p110。 ヤクルトの杉浦亨が東京ドームでの対巨人26回戦の5回表に17号本塁打を放ち、プロ通算200本塁打を達成読売新聞1988年10月3日18面「ヤクルト・杉浦亨一塁手(36)が通算200本塁打」読売新聞縮刷版1988年10月p110。巨人の原辰徳が東京ドームでの対ヤクルト26回戦に出場し、プロ通算1000試合出場読売新聞1988年10月3日18面「巨人・原辰徳三塁手(30)が1000試合出場」読売新聞縮刷版1988年10月p110。 10月4日 - 阪神の和田豊が広島球場での対広島25回戦の1回表に送りバントを決めてシーズン52個目の犠打とり、シーズン最多犠打の記録を更新読売新聞1988年10月5日19面「阪神・和田豊内野手(26)がシーズン最多犠打52の新記録」読売新聞縮刷版1988年10月p225。 10月6日 - 中日の郭源治がナゴヤ球場での対ヤクルト24回戦にリリーフ登板して35セーブ目を挙げ、1シーズン最多セーブのプロ野球記録を更新読売新聞1988年10月7日19面「中日逆転、ついに"王手" 彦野2ラン 郭S日本新」読売新聞縮刷版1988年10月p325。 10月7日 - 中日対ヤクルトの第25回戦がナゴヤ球場で行われ、中日がヤクルトに11-3で勝利し、セ・リーグ優勝が決定読売新聞1988年10月8日1面「中日6年ぶり優勝 セ・リーグ」読売新聞縮刷版1988年10月p355。 10月10日 - 阪神の掛布雅之の引退試合が阪神甲子園球場のダブルヘッダー第2試合の26回戦で行われ、掛布は4打数0安打、最終打席は四球読売新聞1988年10月11日19面「掛布選手ありがとう 夢の15年 引退試合」読売新聞縮刷版1988年10月p483。 10月18日 - 広島の高橋慶彦が神宮球場での対ヤクルト25回戦の5回表に二盗、本盗を決め、プロ通算450盗塁を達成毎日新聞1988年10月19日19面「高橋慶が450盗塁」毎日新聞縮刷版1988年10月p705。 10月19日 川崎球場でロッテ対近鉄のダブルヘッダー25、26回戦が行われ、第2試合で近鉄がロッテと引き分けたため、西武が勝率で近鉄を上回り、西武の4年連続リーグ優勝が決まる(詳細は10.19参照)毎日新聞1988年10月20日1面「西武 4年連続V 近鉄、健闘及ばず」毎日新聞縮刷版1988年10月p727。 阪急は阪急電鉄社長の小林公平とオリエント・リース社長の宮内義彦が大阪市内のホテル新阪急にて記者会見し、球団を阪急電鉄からオリエント・リースに譲渡する子で基本合意したと発表日本経済新聞1988年10月20日1面「阪急も球団を売却 オリエント・リースに」日本経済新聞1988年10月p963。 10月21日 - セ・リーグシーズン公式戦全日程が終了読売新聞1988年10月22日19面「セ・リーグ全日程終了 ポンセ『二冠』大野13年ぶり防御率1点台」読売新聞縮刷版1988年10月p1039。 10月23日 - パ・リーグシーズン公式戦全日程が終了読売新聞1988年10月24日119面「門田、初の"不惑"二冠 盗塁王・福本が引退」読売新聞縮刷版1988年10月p1123。 10月24日 - 沢村栄治賞が発表され、広島の大野豊が初受賞読売新聞1988年10月25日19面「大野に沢村賞 防御率1点台高く評価」読売新聞縮刷版1988年10月p1179。 10月27日 - 日本シリーズの第5戦が西武球場で行われ、延長11回裏西武が伊東勤のサヨナラ打で中日に7-6で勝利し4勝1敗で日本一読売新聞1988年10月28日1面「日本シリーズ 西武が3連覇」読売新聞縮刷版1988年10月p1315。 10月28日 巨人は東京・パレスホテルにて記者会見し来季一軍コーチングスタッフを発表。ヘッドコーチに近藤昭仁が就任読売新聞1988年10月29日18面「藤田巨人 コーチ陣決まる 『守』重視 ヘッドに近藤」読売新聞縮刷版1988年10月p1380。新監督の藤田元司は球団と正式に契約を交わし、3年契約を結ぶ読売新聞1988年10月29日18面「藤田監督再び『73』番」読売新聞縮刷版1988年10月p1380。 広島の鍋屋道夫滝口光則と、日本ハムの高代慎也が交換トレード。
    11月1日 - 日本ハムは都内のホテルで新監督に近藤貞雄が就任を発表読売新聞1988年11月1日19面「日ハム近藤新監督就任」読売新聞縮刷版1988年11月p71。 11月11日 - 巨人と西武は、岡本光白幡隆宗のトレードが成立したと発表読売新聞1988年11月12日19面「球界ルポ 白幡と岡本をトレード」読売新聞縮刷版1988年11月p555。 11月16日 - 正力松太郎賞に南海の門田博光が選ばれる読売新聞1988年11月17日19面「正力松太郎賞 『40歳2冠』門田に」読売新聞縮刷版1988年11月p771。 11月22日 - 西武の東尾修が所沢市の球団事務所で記者会見し、現役引退を表明読売新聞1988年11月23日19面「『闘争心薄らいだ』東尾投手 淡々と引退会見」読売新聞縮刷版1988年11月p1083。 11月23日 - 巨人と中日は、西本聖加茂川重治中尾孝義の2対1のトレードすることで合意読売新聞1988年11月24日19面「西本ー中尾交換 加茂川加え2-1」読売新聞縮刷版1988年11月p1110。

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